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ながおかバル街のはじまり

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バル&ピンチョス

本場スペイン文化のバル文化-BAR

BAR バル スペインのバルは喫茶店であり、立ち飲み居酒屋、食堂、社交場でもあります。朝早くから夜遅くまで利用でき、スペイン人の生活にはなくてはならない存在です。多くのバルには椅子はありません。客は立ったままで飲み食いかつお喋りを楽しみます。お店によってピンチョーの種類が異なり、焼き物、揚げ物、ハムなど料理人が腕を競います。友達数人で出かけて各自の「ひいき」の店をハシゴするという楽しみ方です。

串に刺さったおつまみ

ピンチョス

ピンチョとは、スペインのバルで出される、ひと口かふた口で食べられるおつまみのことです。

ピンチョはスペイン語で楊枝の意味。色々な食材を楊枝で刺して食べやすくしたことが始まりです。種類は数多く、またシェフ同士が競い合うことで次々と新しいピンチョが生まれています。(ピンチョは単数形。複数形はピンチョス)

バル街の始まり

函館バル街(代表 深谷シェフ)、山﨑シェフ(弘前 レストラン山崎)との出会い

バル街とは市街地の飲食店を舞台に、お客様にバル形式で、食べ歩き・飲み歩き・まち歩きをしてもらい、お店と街の魅力感じながら、店主とのコミュニケーション、参加者同士のコミュニケーションを楽しんでもらうイベントです。
2004年に函館で初めて開催されてから、現在では国内各地で開催されるようにな大変な賑わいをみせています。 
  
2011年9月に函館バル街vol.16に初めて訪れ、想像していた以上の賑わいに鳥肌がたちました。行き交う人々の笑顔、行列、店内では参加者同士の会話も弾み、まさしく街をあげてのお祭りで一気にバル街のとりこになりました。 
また、このとき、弘前の山﨑シェフ(レストラン山﨑)に再会(※1) 
翌日のバル会議に参加し、深谷シェフ(函館バル街立ちあげ人)からお話を伺い、イベントの考え方、コンセプトに魅了され、長岡での開催を強く抱いたのでした。

その後、深谷さん始め事務局長である加納さん、山﨑シェフから手取足取り丁寧にご指導頂きながら、2012年6月、県内初となる長岡での開催にたどり着きました。 
開催にあたっては同じ想い「長岡を盛り上げよう」と、熱い想いをもった参加店舗さんの協力があったからこその実施です。 
深く感謝するとともに、長岡の街はまだまだ盛り上がることと確信しております。

※1 平成17年に中越大震災復興イベント「カレーの饗宴」を実施。あの、三國清三シェフが声がけをし、北は北海道~南は沖縄の全国各地から8名のシェフが訪れ、ご当地カレーを提供。その際、弘前からおいで下さったのが山﨑シェフだった。その出会いから今に続くご縁。

シェフ2人と黒い服着た男性と女性

県内バル街ネットワーク

新潟県内6都市でネットワークを結び、今では富山(魚津市)まで拡散

函館バル街に魅了され、2012年6月に新潟県内で初めて ながおかバル街を開催。
そこでバル街を満喫し、魅了された方達が、自分の地域でバル街開催を!と立ち上がり、三条、新潟、上越、そして糸魚川にて実施されています。

私たちは、バル街を通して地元地域の賑わいづくりを続けていこうと、ゆるいネットワークを組み、随時、情報交換を重ねております。

※ながおかバル街のロゴは各地域のバル街で共有を図っております。
※ながおかバル街のロゴは当時、長岡造形大学の海津さやかさんが作成してくれました。

新潟県のイラスト